大阪地方裁判所 平成7年(モ)5791号 決定 1996年8月28日
申立人(被告)
淺沼禎夫
同
大西楢次
同
淺沼誠夫
同
淺沼彰夫
同
斎藤賢吉
同
淺沼健一
同
大西日出雄
同
杉本忠巳
同
小澤眞澄
同
後藤孝次
同
加茂邦夫
右申立人ら代理人弁護士
原井龍一郎
同
占部彰宏
同
田中宏
同
西出智幸
同
小林和弘
被申立人(原告)
渡辺聖志
右代理人弁護士
新谷充則
同
佐々木寛
主文
被申立人は、平成七年(ワ)第五四五八号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、申立人淺沼禎夫、同大西楢次、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫、同斎藤賢吉、同淺沼健一、同大西日出雄、同杉本忠巳、同小澤眞澄、同後藤孝次、同加茂邦夫の各人に対し、それぞれ金一〇〇〇万円の金員を供託せよ。
理由
第一 申立ての趣旨
被申立人は、主文掲記の事件について、申立人淺沼禎夫、同大西楢次、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫、同斎藤賢吉、同淺沼健一、同大西日出雄、同杉本忠巳、同小澤眞澄、同後藤孝次、同加茂邦夫に対し、相当の担保を提供せよ。
第二 事案の概要
本件は、株式会社淺沼組(以下「淺沼組」という。)の株主である被申立人(原告)が、申立人(被告)らに対し、商法二六六条一項五号に基づき、平成七年(ワ)第五四五八号株主代表訴訟事件(以下「本件代表訴訟」という。)を提起したとろ、申立人らは、右訴えの提起が商法二六七条六項、一〇六条二項所定の悪意に出たものであるとして、担保の提供を求めた事案である。
一 本件代表訴訟
本件代表訴訟において、被申立人は、申立人らに対し、淺沼組に各自二七億三一九二万円及びこれに対する遅延損害金を支払うことを求め、その請求原因として以下のとおり主張する。
1 当事者等
(一) 淺沼組は、昭和一二年六月五日に設立され、大阪市天王寺区東高津町一二番六号に本店を置き、資本金約八四億一九〇一万円、建設工事の企画・設計・管理・請負・コンサルティング業務等を主たる営業目的とする株式会社である。
(二) 被申立人は、六か月以前から引き続き淺沼組の株式を保有している株主である。
(三) 申立人らは、淺沼組の取締役に就任し現在もその職にあり、そのうち申立人後藤及び同加茂を除き代表取締役の地位にある。
申立人後藤は、常務取締役土木本部副本部長兼東京本店副本店長の役職にあり、申立人加茂は、常務取締役東京本店土木営業第一部長の役職にあるものであり、後記贈賄行為をした従業員の所属する部署を指揮監督する立場にあった者である。
2 任務違反行為
(一) 淺沼組北関東営業所の副所長であったAは、平成六年六月五日、埼玉県大宮市発注の下水道工事に絡んで贈賄し、有罪判決を受けた(以下「本件贈賄事件」という。)。
(二) 申立人後藤及び同加茂は、Aの所属する部門の責任者として、その余の申立人らは、淺沼組の代表取締役として、いずれも本件贈賄事件のような違法行為がなされないよう従業員を監視する善管注意義務がありながらこれを怠ったものである。
3 損害
(一) 淺沼組は、本件贈賄事件が発覚した結果、指名停止処分、営業停止処分を受けたほか、既に落札により受注が決定していた奈良県香芝市の旭ケ丘小学校新設工事の契約を辞退するなど各地方公共団体等の官公庁工事の受注工事辞退や指名入札辞退をせざるを得なくなった。
(二) そのため、淺沼組の第六〇期(平成六年四月一日から平成七年三月三一日)の官公庁工事の受注工事高(約六七一億三三〇〇万円)は、第五九期の官公庁工事の受注工事高(約八九八億九九〇〇万円)に比べ、約二二七億六六〇〇万円も減少した。建設大手五〇社の官公庁工事の受注工事高の平均は、前期に比べ約一パーセント増加しているのであるから、淺沼組は、本件贈賄事件がなければ大手五〇社平均と同様に前期比約一パーセント増か、少なくとも前期と同額程度の官公庁工事の受注ができたはずである。淺沼組の過去数期の粗利益率は、平均約一二パーセントであるから、粗利益は、前期と比べて少なくとも約二七億三一九二万円減少したのである。
(三) したがって、本件贈賄事件による官公庁工事の受注工事高の減少により、淺沼組は、少なくとも約二七億三一九二万円の損害を被ったものである。
4 被申立人は、淺沼組に対し、平成七年三月一五日到達の書面をもって右任務違反行為について、申立人らの責任を追及する訴えの提起を請求したが、同社は、同日から三〇日を経過するも右訴えを提起しなかった。
5 よって、被申立人は、申立人らに対し、商法二六六条一項五号に基づき、各自連帯して損害賠償金二七億三一九二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 争点について主張
1 悪意の意義
担保提供命令の要件である株主代表訴訟(以下「代表訴訟」という。)の提起が悪意に出たときとは、①請求に理由がなくそのことを知って訴えを提起した場合、②代表訴訟の制度の趣旨を逸脱し、不当な目的を持って訴えを提起した場合をいうことについては、当事者間において一致しているが、①の内容について主張を異にする。
(申立人ら)
①について、原告が請求原因として主張する事実をもってしては請求を理由あらしめることができない場合、請求原因事実の立証の見込みがきわめて少ないと認められる場合、被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などにおいて、そのような事情を認識しながら訴えを提起していると一応認められるならば、原告は自己の請求に理由がないことを知って訴えを提起したものと推認することができるというべきである。
この悪意は、取締役に対する積極的な害意までは要せず、損害を与えることを知っていれば足りる。
(被申立人)
①について、一見して請求原因として成り立たないと認められる場合、請求原因としては成り立ち得るが、右事実が荒唐無稽又はこれに類する事実であり、一般通常人をして請求原因事実があり得るとは容易に考えられないなどの事情が認められる場合、一見して抗弁事実が成り立ち、かつ、そのための疎明が十分であり、一般通常人をして容易に抗弁事実が認められる場合でなければならない。
この悪意は、請求に理由がなく、原告が単にそのことを知って訴えを提起したというだけでは足りず、より積極的にあえて取締役を害する意思を持って訴えを提起したと認められることが必要である。
2 請求に理由がないこと
(一) 申立人らの任務違背、善管注意義務違反について
(申立人ら)
(1) 淺沼組は、資本金八四億円余り、平成六年度の従業員総数二六五六名、大阪市に本社を有し、大阪本店、東京本店、北海道支店他六支店を有し、各本支店の下にはさらに多数の営業所、出張所などがあり、その組織は大規模かつ多岐にわたっている。
申立人らのうち代表取締役は、対外的には会社を代表するものの、対内的には会社組織上職務を分担した上で経営に当たり、日々の経常的な業務は圧倒的多数の従業員によって遂行されているのであるから、個々の従業員の具体的な行動まで逐一把握することは到底不可能である。したがって、代表取締役が具体的な従業員の違法行為を認識したにもかかわらずそれを防止するための措置をとらなかった場合又は違法行為を具体的に予見することが可能であったのに予見しなかった場合などの特別の事情のない限り、代表取締役であるというだけをもって一従業員の違法行為についてまで善管注意義務違反を問うことは到底できない。
被申立人は、Aが本件贈賄事件を起こしたことだけを根拠として、申立人らに善管注意義務違反があったと主張するだけであって、申立人らに善管注意義務違反があったとするについての具体的指摘は何も行わず、およそ行い得ないところである。
(2) 被申立人は、やや具体的な指摘として、本件贈賄事件について、申立人らには淺沼組の代表取締役又は取締役として、従業員が違法行為をしないように監視する善管注意義務違反があったと主張する。しかし、Aは、営業担当になってから日が浅く、協力業者の誘いに乗り、上司にも贈賄のことを一切口にすることなく本件贈賄に至り、その金員を協力業者に対する謝礼として支出していたものであって、上司も全く防止のしようがなかったものである。このように、魔が差したとしかいえないような一従業員の刑事犯の行為を完全に防止するような監視義務というのは、各従業員に対して常時それぞれ監視見張りを付けてその行動を逐一点検する義務というのに等しいものであって、荒唐無稽である。
また、贈賄をしてはならないというのは、当然に遵守すべき規範であるところ、淺沼組においては、昭和四八年四月ころ、従業員のB、C(取締役営業部長)及びDが贈賄罪で逮捕されるという予想できない事態が出来し、法律的知識が社内全般に十分に行き渡っていないことにその原因があったことから、そのような不祥事の再発を防止するために、弁護士を講師として社内研修を実施するなどして、特に営業関係者に対しては政治献金が贈賄になり得るとの法律知識を行き渡らせるとともに、確信のない場合には事前に管理部門や顧問弁護士に相談するように周知徹底した。そして、淺沼組においては、以後二十年以上贈賄事件が起きることもなく経過していたものだり、それ故、本件贈賄事件は予想することができないものであった。
(3) 代表取締役ではない申立人後藤及び同加茂については、そもそも会社法上取締役自体に従業員に対する指揮監督の権能も義務もないのであるから、取締役として従業員に対する指揮監督義務に基づく善管注意義務違反を問うことはできない。被申立人としては、同申立人らが使用人兼務取締役の立場にあり、そのうち使用人として他の従業員を指揮監督すべき立場からAを指揮監督する注意義務があったと主張するのかもしれないが、そのような使用人としての注意義務は代表訴訟の射程外である。また、申立人後藤は、淺沼組の土木本部副本部長兼東京本店副本店長であり、申立人加茂は、同東京本店土木営業第一部長であるところ、東京本店は東日本全域を担当し、その下には東日本所在の各支店や多数の営業所が存在しており、両申立人がそれら多数ある営業所の個別の従業員についてまで指揮監督する立場にあったとは到底いえない。
(4) 代表訴訟における取締役の任務違背行為は原告である株主の主張立証すべき事項であるところ、以上のとおり、申立人らの取締役としての任務違背の点について、請求原因自体では被申立人の請求を理由あらしめることができないし、少なくとも請求原因事実の立証の見込みが極めて少ないと認められる場合に該当するというべきである。被申立人がこの点を認識していることは請求原因の主張自体からもうかがうことができる。
(被申立人)
(1) 代表取締役は、業務執行機関たる地位に基づき、下位の業務執行者(担当取締役及び従業員)に対する監督義務、監視義務を負うものであり、他の取締役、使用人その他下部職員の補助を得て業務執行に当たっている場合には、一般の取締役より一層高度の注意義務を尽くしてこれら補助者の所為に職務違反がないかを監視することはもちろん、不当な職務の執行を阻止し、あるいは未然に防止する等の方策を講ずるなど、忠実に会社の利益を図るべき職責を有するものである。右義務は、一部に上場し、各地域に支店・営業所等を持ち、その組織が大規模かつ多岐にわたっているような大会社の代表取締役であっても免れるものではなく、より一層高度の注意義務が要求されるべきものである。
会社組織上職務を分担した上で経営に当たる体制を取っていると、目の届かない範囲において、往々にして不正行為が行われがちであることは十分に予想できるのであるから、不正行為を看過しないような社内管理体制を確立すべきものであり、代表取締役は、その個々に、右管理体制を構築すべき義務を負うものである。申立人らの主張は、職務分担に名を借りた責任逃れの主張である。
(2) 淺沼組は、各種談合組織の会員であり、長年にわたり組織的に会社の方針として談合、贈賄を繰り返してきたものであり、同社が受注したすべての官公庁発注の工事は、談合によって受注したといっても過言ではない。申立人らは、そのことを十分に知悉しており、その方針の一環を担ってきた。本件贈賄事件は、このような淺沼組の談合贈賄体質から生じたものであって、申立人らにとって、予測不可能な事態であったとは到底いうことができないし、申立人らが一従業員の具体的行動まで逐一把握できないことを理由にして善管注意義務がないということはできない。
一般的にみても、贈賄行為は、一従業員が、仮にそれが営業所副所長の地位にある者でも、少なくとも担当取締役の暗黙にしろ了解を得ずして独断でできるものではなく、申立人らは、むしろ本件贈賄行為に間接的にせよ関与していたというべきである。
淺沼組においては、申立人淺沼禎夫(当時経理担当副社長・現社長)、同大西楢次(当時専務取締役土木営業本部長・現副社長)、E(当時常務取締役大阪本店長)、F(当時常務取締役)、G(当時取締役土木営業部長)、H(当時土木営業課長)という経路で贈賄が決定・伝達され、工事受注前に議員その他に工事受注の請託をし、さらに、右請託等による受注工作後、業者間で入札の談合をして、工事受注をし、その後に賄賂を謝礼として渡していたのである。具体的な過去の贈賄事件は以下のとおりである。
ア 淺沼組のB(当時神戸営業所長、現監査役)及びC(当時取締役営業部長)が、昭和四六年四月に行われた明石市長選挙に関し、同市の甲前助役に対する選挙資金不正寄付等で、乙前市長らとともに昭和四八年三月に逮捕された。これは、公共事業における工事の不正受注を図ろうとしたものであり、明石市庁舎及び市民会館などの建設を巡る汚職事件の一環であった。
イ 藤井寺市総合会館建設を巡る汚職に関し、淺沼組営業部員Dが、昭和四八年四月九日、右Cと共謀して藤井寺市会副議長丙に贈賄したとして逮捕された。
ウ 申立人大西楢次が、昭和五〇年七月七日、大阪市発注の正平橋架換嵩上工事受注に関し、丁大阪市会議員に五〇万円を贈賄した。
エ 申立人淺沼誠夫とG取締役が、昭和五一年二月一五日、京都市発注の高速鉄道烏丸線建設工事(丸太町工区)受注に関し、戊衆議院議員に二〇〇万円を贈賄した。
オ 申立人大西楢次が、昭和五一年五月二四日、大阪市発注工事指名等の謝礼として、己大阪市会議長(当時)の庚秘書に、大阪市会議長室で五〇万円を贈賄した。
カ E常務とF常務が、昭和五一年六月、摂津市発注の摂津市立第三中学校施設工事に関し、摂津市の淺沼組の下請業者であるI建設の社長を通じて、辛摂津市長(当時)に、指名、受注、工事検査の世話になった謝礼として、七五〇万円を贈賄した。
キ G取締役と担当主任が、昭和五二年一二月、大阪市発注の門田橋架換工事に関し、指名業者への工作及び受注の謝礼として、壬大阪市会議員に三〇〇万円を贈賄し、同議員の経営するJ建設を下請として使用した。
ク F常務とG取締役らが、統一地方選挙直前であった昭和五四年二月、大阪市からの四年間にわたる工事受注一〇件の謝礼及び裏選挙資金として、丁、壬及び己の各大阪市会議員にそれぞれ一〇〇万円を贈賄した。
ケ G取締役とH課長が、昭和五四年二月、八尾市発注の工事三件(追加工事を含む。)受注の謝礼として、癸八尾市長に二〇〇万円を贈賄した。
コ G取締役とH課長が、東大阪市発注の工事三件の受注の謝礼などとして、K東大阪市会議員に一〇〇万円を贈賄した。
(3) 申立人後藤及び同加茂は、取締役会の構成員として、他の取締役の業務執行が適正に行われるよう監視する義務があり、その監視義務の範囲は、取締役会に上程された事項や自己の担当する部門に限らず、業務執行全般に及ぶ。それだけでなく、さらに両申立人は、Aの所属部門の担当取締役たる地位を有しているものであるから、より直接的に監視すべき義務があり、また監視することができる立場にある。
(4) 申立人らの主張するところは、主として抗弁事実にかかるものである。本件代表訴訟は、本件贈賄事件に関し、申立人らの代表取締役若しくは取締役として、従業員が違法行為をしないよう監視する善管注意義務違反を問うものであり、請求原因事実として成り立つものであって、その立証の見込みが少ないとは到底いうことができない事案である。
また、善管注意義務の存否は、本訴の立証を待ってしか明らかにならないものであり、訴状から一見して請求の原因に理由がないということはできない。
(二) 因果関係
(申立人ら)
建設大手五〇社の平成六年度の官公庁工事受注高の平均は、被申立人の主張とは異なり、前期比約2.8パーセントの減少である。
また、建設会社の官公庁工事の受注高の減少は、手持ち工事高、景気、他社との受注競争、民間官公庁のどちらに力点を置くかの経営政策など種々の原因が考えられるのであり、本件贈賄事件と淺沼組の平成六年度の官公庁工事の受注高減少との間に相当因果関係があるとはいえない。
(被申立人)
建設大手五〇社の平成六年度の官公庁工事受注工事高が前期比約2.8パーセントの減少、日本建設業団体連合会会員企業全体の平成六年度の官公庁工事受注工事高は前期比約五パーセントの減少であるのに対して、淺沼組の受注工事高の減少は、約二二七億六六〇〇万円(前記比25.2パーセント減少)もの多額である。淺沼組の官公庁受注工事高の減少が本件贈賄事件発覚による指名停止、営業停止や工事辞退によることは明らかであり、申立人らの主張する諸要因は、単なる言い分けにしかすぎない。
(三) 損害
(申立人ら)
損害についても、被申立人の主張する粗利益率ではなく、販売費や一般管理費を控除する必要があるし、厳密には、受注の機会を喪失した工事についての個々具体的な官公庁工事について純利益率をみなし算定することが必要である。
(被申立人)
本件代表訴訟における認容額に関しては、淺沼組が受けた損害につき詳細に立証認定することが必要であるが、被申立人は、株主総会における営業報告書、決算報告書等の開示しか受けることのできない株主として、申立人らの主張する個々の工事に対する販売費・一般管理費及びそこからの純利益率まではわからず、粗利益率に基づく損害額の主張しかできないが、訴状提出時においては、少なくとも請求を理由あらしめるものとしては十分なものである。
3 代表訴訟の趣旨から逸脱した不当な目的
(申立人ら)
(一) 以下に述べる経緯からみれば、被申立人の本件代表訴訟が、株主全体の利益のためではなく、被申立人の淺沼組に対する従業員の地位確認訴訟(当庁平成六年(ワ)第一二六五四号。以下「別件地位確認訴訟」という。)を強引に有利に決着させる目的で提起されたことは明らかであり、代表訴訟の制度趣旨から著しく逸脱した不当な目的を有するものである。
(二) 被申立人は、淺沼組のもと従業員であったが、以下に述べる経緯で、昭和五五年三月に淺沼組を退職し、その後長年にわたり共和産業株式会社(以下「共和産業」という。)において建設営業マンとして勤務していたが、右退職が淺沼組経営陣の強迫によるものであったとして、淺沼組への復職を要求する文書を送付するなどしてきた。
(1) 被申立人は、昭和四三年四月一日に淺沼組に入社し、昭和五一年四月から大阪本店土木営業部営業第一課主任をしていたが、昭和五四年三月一日付けの福岡支店営業課主任への転勤発令を不服として、病気を理由に出社を拒否した上、診断書なしの休暇届を提出したまま、欠勤を続けた。
(2) 被申立人は、淺沼組の出社要請にも応ぜず、昭和五四年六月七日と同年九月二一日、同社の当時副社長であった申立人淺沼禎夫ら宛に、淺沼組役員等を誹謗、中傷するとともに、転勤の不当性を訴え、かつ幹部役員との会談を要求する回答書なる文書を郵送した。
淺沼組は、当時の総務課長高原毅が昭和五四年一一月七日に被申立人と会談したが、話合いにならず、同月一四日、就業規則に基づき被申立人を休職処分に付した。
(3) 被申立人は、昭和五四年一二月初めころ、同社の取引銀行や業界関係者に対し、「会社の違法・不正な行為や不当人事等について会社に質問状を出しているが、回答してこない。会社は、公共工事について談合等違法・不正行為を続けているので、止めさせるとともに、自分の受けている不当な処遇の是正に協力して欲しい」と訴える請願書を郵送した。そこで、淺沼組は、事態を円満に収めるため、同月一三日、被申立人と当時副社長であった申立人淺沼禎夫らによる会談を持ったものの、物別れに終わった。
被申立人は、昭和五五年一月ころ、淺沼組の公共工事の受注先である大和郡山市長宛に前記と同様の請願書、大和郡山中学校建設工事について淺沼組等の談合を指摘する質問状を送付し、淺沼組受注後の同年三月上旬には、「淺沼組正常化委員会」の名義で、右工事を淺沼組に発注したことに抗議し、淺沼組と同市長の癒着が証明されたなどと市長個人をも非難する文書を送付した。
(4) 右のとおり増大する被申立人の不法な攻撃の対応に苦慮した淺沼組は、昭和五五年二月二〇日過ぎころ、被申立人とも親しい取引先の共和産業の社長Lに被申立人との交渉を依頼した。Lは、被申立人の説得に当たったが、被申立人は、「淺沼を半分攻めて、あとはNや役所を攻撃して淺沼を参らせる。」「D(退職者)が二〇〇〇万円なら俺はそれ以上のことをしてやる。」などと強硬な姿勢を示していた。
(5) 被申立人は、当初「淺沼の指名を一年間止めて三〇〇億円の損害を与えてやる」「正義のナベで名が売れる」「Dの五倍くらい大物だから億の金だ」などと大金を要求していたが、Lの説得で三〇〇〇万円まで折れてきたので、淺沼組は、被申立人の不法な要求に屈する形にはなったが、被申立人の攻撃を止めさせるにはやむを得ないと判断し、被申立人に三〇〇〇万円を支払い、円満に退職することに同意した。
その結果、被申立人は、昭和五五年三月一二日ころ、淺沼組において、自ら、念書及び退職願に署名押印し、持ち出していた内部資料を念書に従って返還した(ただし、被申立人は、右資料を返還する前にそのコピーを撮り、後述する文書攻撃に使用している。)。
(6) 淺沼組は、被申立人について所定の退職手続を行い、被申立人は、昭和五五年四月一日、所定の退職金三〇〇〇万円を淺沼組貸付の住宅ローンの返済に充当し、ローンの残額については淺沼組との貸借に切り替えて清算することとし、共和産業に入社した。その後、被申立人は、自らも会社を興している。
(7) ところが、被申立人は、Lの死期が近いことを知り(同人は平成五年一月一八日に死亡している。)、自らが興した会社が思わしくないことなどもあって、突然、平成四年一〇月一日付けで、淺沼組に対し、「共和産業をやめたい。淺沼社長は自分を無理矢理出向させたのだから復職を要求する。」旨の文書を申立人淺沼禎夫宅に送付した。
(三) 被申立人は、平成五年一一月一七日付けで淺沼組から復職要求に対する拒否回答を受けると、これに対して抗議書を送付し、平成五年一二月三日付けで、M建設株式会社(以下「M建設」という。)副会長Nに対して、淺沼組を非難し、「金額一〇〇〇億円を目標額に掲げ、土木・建築公共工事の談合受注の粉砕阻止」のための行動を起こすことを告げ、受注に協力しないように要請する旨の文書を送付した。さらに、被申立人は、平成六年一月ころから、同業他社、公共工事の得意先官公庁、大阪府警察本部長、公正取引委員会委員長、同近畿事務所長、大阪地方検察庁特別捜査部、モンデール駐日アメリカ大使、アメリカ通商代表部カンター代表などに、建設業正常化委員会、建設業正常化談合防止委員会、建設談合阻止・告発委員会、淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会などの架空の団体名を標榜し、淺沼組・淺沼禎夫社長に暴力団事務所で脅迫させられ、辞表を書かされた社員などと付記し、淺沼組を中傷誹謗する文書を送り続け、右各宛先の文書を淺沼組や申立人淺沼禎夫ら役員宅にも送付した。
被申立人は、別件地位確認訴訟を提起したが、平成七年一二月二五日、被申立人敗訴の判決が言い渡された。被申立人は、これに対して控訴し、今なお断続的に淺沼組に対する中傷誹謗文書を各方面に送付し続けている。
被申立人が提出した疎明資料の中には、被申立人が退職した際に返還すべきであった内部資料があり、退職の際に何らかの意図のもとにコピーを撮り、それを保管し続けていたものであり、このことも、被申立人の意図を端的に表している。
(四) 被申立人は、平成六年六月七日、淺沼組の株式一〇〇〇株を取得して名義書換請求をした。
(被申立人)
(一) 不当な目的をもって代表訴訟を提起をした場合というのは、総会屋等をその焦点としたものであって、本件代表訴訟はそのような趣旨のものではない。本件代表訴訟の本来の目的は、株主として本件贈賄事件を氷山の一角とする淺沼組の談合体質の改善を目指すものである。
別件地位確認訴訟は、強迫を理由とする退職の意思表示の取消しを前提とした従業員の地位確認を求める訴えであり、本件代表訴訟とは直接の関係はないし、別件地位確認訴訟を提起しているというだけで個人的利害、思惑から本件代表訴訟を提起したというべきではない。被申立人は、自分に対する強迫に基づく退職の是非を問い、ゼネコンの体質である暴力団を通じて解決を図ることに対する反省を求めるために別件地位確認訴訟を提起しているものである。
(二) 被申立人の退職の経緯は以下のとおりであり、淺沼組は、同社の組織的な談合贈賄の繰り返しを憂えた被申立人に対し、暴力団まで利用して強迫して退職届を書かせ、談合を告発することを止めさせようとしたのである。
(1) 被申立人は、昭和四九年から淺沼組本社土木営業部主任として勤務していたところ、同社の談合贈賄体質はいけないことであると考えていたが、営業部員として談合や贈賄にかかわらざるを得ないことから、自分がいつ逮捕され、刑事罰を受けることがあるかもしれないと戦々恐々としていた。
(2) 淺沼組は、少しも談合贈賄体質を改めないばかりか、被申立人が淺沼組の右談合体質を批判することを防止するため、昭和五四年三月転勤をさせないという約束に反して福岡支店への転勤辞令を出し、さらに右辞令を拒否した被申立人が右辞令の衝撃で入院中であるにもかかわらず、被申立人を懲戒する旨の内容証明を送付するなどした。これに対し、被申立人は、淺沼組の談合贈賄体質を改めてもらおうと考え、当時の淺沼組会長淺沼猪之吉、同社長淺沼茂夫、同副社長申立人淺沼禎夫ら同社の幹部役員及び同社の筆頭株主であった株式会社住友銀行の磯田一郎頭取らに対し、淺沼組の官公庁との癒着、談合体質、工事受注に伴う贈賄を指摘する内容の文書を送付し、淺沼組の企業責任についての見解及び談合贈賄体質を改善する方策についての回答を求めた。
(3) しかるに、淺沼組は、被申立人に対して回答をしないばかりか、談合を相変らず続け、談合隠し工作を巧妙化していった。そのころ、淺沼組は、大手建設業者との談合により同社の発祥地である大和郡山市の大型公共工事を独占的に受注していた。そこで、被申立人は、このままでは淺沼組が談合体質を一向に改めようとしないと考え、昭和五五年一月、大和郡山市長吉田泰一郎に対し、淺沼組が被申立人の指摘にもかかわらず談合体質を改めず、かえって被申立人に対し暴力団ともいえる処遇をしていることを指摘し、その理解を求める旨の請願書を送付した。しかし、市長は、右請願を無視し、淺沼組の談合行為を見逃し続けるので、同年二月一三日、同月一九日及び同年三月二日に質問状を提出した。ところが、大和郡山市は、淺沼組を郡山中学校建設工事の指名業者に入れ、同社は、同年二月末、談合によって右工事を落札した。
淺沼組は、右工事の指名を受けた直後の同月一八日ころから、被申立人に右工事を含む申立人会社の談合行為が公表されることをおそれ、被申立人が淺沼組の談合体質について批判することを止めさせ、さらに被申立人を退職させるため、被申立人に対するいやがらせや強迫を一層強めた。
(4) 淺沼組の当時のF常務、専務土木部長の申立人大西楢次は、淺沼組の協力会社で談合のもみ消し、暴力団対策も引き受けており、かつ、暴力団とも関係の深い共和産業の社長Lに対し、被申立人を脅し、被申立人に右大和郡山市の談合批判を止めさせ退職させるよう依頼し、申立人淺沼禎夫は、Lに対し、被申立人との交渉についての委任状を交付した。
Lは、昭和五五年二月一八日ころから、被申立人宅に度々電話をかけてきて大和郡山市長に対する談合批判を止めるよう強迫し、同年三月一日ころ、被申立人宅を訪れて退職するよう強迫した。さらに、Lは、同月七日ころ、神戸市内の三代目山口組佐々木組の事務所に被申立人を連れ込み、自分がいわゆる企業舎弟であることを述べて、申立人淺沼禎夫から頼まれている、悪いようにはしないから退職届を書け、そうでないと命の保証はできないなどと語気鋭く脅かした。被申立人は、このままLの要求を拒否すれば、生命身体にいかなる危害を加えられるかもしれないと畏怖し、退職届と指示どおりの念書を書くことに同意した。被申立人は、同月一一日、淺沼組副社長室において、Lから事務所で約束したことが守れないのかと脅かされて、申立人淺沼禎夫とLの指示どおりに、意に反して淺沼組宛の退職届と念書を作成した。
(三) 被申立人は、淺沼組の談合の告発を続けているが、関連公共機関に対する告発が中心であって、それ自体何ら批判されるものではない。
(四) 被申立人が淺沼組の株式を取得したのは、平成六年五月一九日であって、本件贈賄行為による逮捕が新聞報道された日の翌日である同年六月七日ではない。したがって、本件贈賄行為を原因とする本件代表訴訟の提起を目的として株式を取得したものではない。
第三 裁判所の判断
一 悪意の意義について
1 商法二六七条五項、六項、同法一〇六条二項は、代表訴訟において、被告が、原告の訴えの提起が「悪意ニ出タルモノ」であることを疎明したときは、裁判所は担保の提供を命ずることができる旨規定している。
2(一) 右担保提供制度は、そもそもいわゆる会社荒らしに対処することを目的とするものであるが、直接には、将来において代表訴訟の提起が不法行為に当たるとされた場合に取締役が訴えを提起した株主に対して有する損害賠償請求権を担保するという機能を有するものである。
そして、担保提供の要件である代表訴訟の提起が悪意に出たときとは、①請求に理由がなくそのことを知って訴えを提起した場合、②代表訴訟の制度の趣旨を逸脱し、不当な目的を持って訴えを提起した場合をいうと解すべきである。
(二) 右①の場合について案ずるに、右のような場合には代表訴訟の提起が不法行為に当たるとされ、被告とされた取締役が訴えを提起した株主に対して有する損害賠償請求権を担保する必要が生じることとなる。
ところで、訴えの提起が不法行為となり得るのは、提訴者がその訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提訴したなど、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く場合に限られる(最高裁昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁)。
これを代表訴訟において担保提供を命じ得る場合と対置して考えると、根訴者においてその提訴にかかる請求が理由のないものであることを認識していることを疎明した場合に限られるとすることは、過失による不当訴訟の場合を一切除外することになって妥当ではなく、他方、株主が代表訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くことを通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提訴した場合も担保の提供を命ずることができるとすることは、「悪意」という文言から余りにも離れることになる。
これらのことを考慮すると、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合等に、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと一応認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じ得ると解するのが相当である。
(三) 次に、右②の場合について案ずるに、前記判示のように、代表訴訟における担保提供制度は、もともと、株主権を濫用し、不当な利益を得る目的で代表訴訟を利用する、いわゆる会社荒らしに対処するために設けられたものである。したがって、株主が代表訴訟に命を借りて、株主の有する正当な監督是正権と相容れない不法不当な利益を得る目的を有する場合には、担保の提供を命じ得るものと解すべきである。
なお、代表訴訟を提起する株主には、自分自身の経営関与の目的や取締役個人に対する嫌悪の情のように、何らかの個人的な意図、目的、感情が働いている場合が少なくなく、このような場合を常に不当な目的があるものとして担保提供命令の対象となるとすることは、代表訴訟によって株主の会社運営に対する監督是正機能が発揮されることを期待するという見地からは、非現実的であるといわざるを得ない。また、他の動機・目的があったとしても、取締役等の責任が明らかにされて会社の被った損害の回復が図られるのであれば、それで代表訴訟の狙いとするところは達成されるわけである。こうした点を考慮すると、代表訴訟の提起に個人的な意図、目的、感情が伴っている場合すべてに悪意があるとして担保提供を命ずることは相当ではない。もっとも、個人的な目的とはいっても、訴えの取下げによる対価の取得、個人的な主義主張の達成のように正当な株主権の行使と相容れない目的のものに基づくような場合には、代表訴訟制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠くものと一応認められ、そのような目的を有する株主に対しては担保の提供を命ずることができるというべきである。
二 不当な目的について
1 一件記録によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 被申立人は、昭和四三年四月一日に淺沼組に入社し、昭和五四年三月一日付けの福岡支店営業課主任への転勤発令を不服として欠勤を続けたため、淺沼組から出社の指示を受けたがこれに従わず、同年六月、九月に、同社の幹部役員宛に同社役員を中傷するとともに、転勤の不当性を訴える文書を郵送した。被申立人は、同年一一月七日付けで休職処分に付されるや、同年一二月ころから淺沼組の取引銀行、取引業者及び公共事業の受注先である大和郡山市長に対して、請願書と題する淺沼組を公然と非難する文書を郵送したりした。淺沼組は、昭和五五年二月二〇日ころ、被申立人と面識のある同社の取引先の共和産業の社長Lに被申立人との交渉を依頼し、Lは、以後被申立人の説得に当たった。被申立人は、同年三月一二日ころ、同月一一日付け退職願に署名押印し、他へ通報している淺沼組の工事等に関する内部的事情は被申立人の私見であることや同社在職中に営業上所持した文書を返還すること等を記載した念書を作成・提出し、所定の退職手続を経て退職金三〇〇〇万円も同社の住宅ローンの返済に充当した。
被申立人は、同年四月一日、共和産業に入社し、営業部長として平成五年八月五日に同社を退職するまで勤務したが、その間、淺沼組に出入りしていたものの、退職が同社側の強迫によるものであるなどと訴えることは全くなかった。
(二) 被申立人は、平成四年一〇月一日付けの淺沼組社長淺沼禎夫及び専務F宛の「お願い書」と題する文書(A一一)を郵送した。その内容は、共和産業での処遇に不満を述べ、Lを嘘つき、けちで汚い男であると強く非難し、「恐ろしいとか、怖いとかは、さらさらなく、というのは私が度胸のないウソつき男を恐れるわけはないのである」、「自宅に淺沼禎夫の委任状をもっておどおどして訪ねてきた」、「度胸のない、口先だけのLなんかどういうことはない」などと述べ、共和産業入社の際と同様に自分と会合を持つことを求め、淺沼組の対応いかんによっては、今後とも大きく責任がのしかかってくる」などと警告し、業界の大物や社会的実力者にも相談するというものであった。
被申立人は、平成五年一〇月二五日付け淺沼組社長淺沼禎夫宛の「お願い書」と題する文書(A一二)を送付した。その内容は、建設業界の汚職と談合を非難し、共和産業での処遇について不満を述べ、淺沼組役員らから脅して共和産業に入社させられたのは著しく社会的正義に反し、その解決のために同年一一月一日付けで淺沼組に自分が復帰することを宣言し、自分の復帰を断って業界から嘲笑されたり、発注官庁に迷惑をかけぬように警告するものであった。
淺沼組は、同月一七日付け内容証明郵便で、被申立人の要求を受け入れることができないと回答した。
被申立人は、M建設副会長Nに対し、平成五年一二月三日付け文書(A一三)を送付した。その内容は、関西の建設業界を取り仕切っていると同人を持ち上げ、共和産業に入社させた淺沼組を非難し、自分の淺沼組復帰へ助力を求めるとともに、「金額一〇〇〇億円を目標額に掲げ、土木・建築公共工事の談合発注の粉砕・阻止」のための行動を起こすことを告げ、淺沼組の受注に協力しないよう要請するものであった。
(三) 被申立人は、平成六年一月二五日付けから同年四月五日付けまで、同業者、公正取引委員会委員長、同近畿事務所長、大阪府警本部長、大阪市役所(市長、調度課長)、大阪地方検察庁特別捜査部、モンデール駐日アメリカ大使等に対し、「建設業正常化委員会」「建設業正常化談合防止委員会」の団体名を標榜して、次のような文書を送付するとともに、その文書を淺沼組(淺沼禎夫社長、川田部長)、申立人淺沼禎夫の自宅、取引金融機関、電鉄会社又は同業各社に郵送した。
(1) 「建設業正常化委員会」作成名義の平成六年一月一日付けと同月九日付け各文書(A一四の一、二)を、同業者に対し送付した。その内容は、建設業界の談合体質を非難するとともに、淺沼組がその中でも目に余り糾弾すべきであり、被申立人自身の退職問題について、同社には人事権の濫用があって人事の問題を暴力団関係会社に解決させていると非難し、発注官庁は同社に発注しないよう、建設業者には談合や淺沼組との建設共同体の設立をしないように要求するとともに、淺沼組に近畿二府四県とその衛星都市の発注工事で淺沼組と共同企業体を設立した同業他社も攻撃すると予告するものであった。
(2) 「建設業正常化委員会」作成名義の同年一月二五日付け大阪府警察本部長宛と公正取引委員会近畿事務所長宛の各文書(A一五の一、二)を、淺沼組(淺沼禎夫社長)に郵送した。その内容は、淺沼組の談合命令系統を指摘して組織的に談合を行っていると非難し、捜査当局、公正取引委員会等が厳しい態度で臨むことを求めるとともに、淺沼組が談合しているとする工事名を指摘するものであった。
(3) 「建設業正常化談合防止委員会」作成名義の同年二月四日付け大阪府警察本部長宛と同日付け公正取引委員会近畿事務所長宛の各文書(A一六の一、二)を、申立人淺沼禎夫の自宅に郵送した。その内容は、予告どおりに大阪府下水道事務所発注工事を淺沼組が談合で受注したと非難し、捜査当局、公正取引委員会等が厳しい態度で臨むべきであるとするとともに、被申立人自身の退職について、申立人淺沼禎夫が人事権の濫用事件の解決に暴力団関係者を使用している事実があるとして厳しい処分を求めるものであった。
(4) 「建設業正常化談合防止委員会」作成名義の同年二月二一日付け大阪市長宛、公正取引委員会近畿事務所長宛、大阪府警本部長宛の各文書(A一七の一ないし三)を、淺沼組の取引先である電鉄会社に郵送した。その内容は、「談合常習会社淺沼組の談合のやり得を許してはならない」との文言を掲げ、大阪市天王寺区庁舎の入札で淺沼組が談合で落札することになったと予告して淺沼組を非難し、捜査当局、公正取引委員会等が厳しい態度で臨むべきであるとするとともに、大阪市に対して契約しないように求めるものであった。
(5) 「建設業正常化談合防止委員会」作成名義の同年三月一一日付け大阪市長宛、大阪市調度課長宛、アメリカ大使館モンデール駐日大使宛、公正取引委員会委員長宛、大阪地方検察庁特別捜査部宛、公正取引委員会近畿事務所長宛の各文書(A一八の一ないし六)を、淺沼組(淺沼禎夫社長)及び申立人淺沼禎夫の自宅に対して郵送するとともに、そのうち公正取引委員会委員長宛の文書を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と併記して、淺沼組の取引銀行頭取に郵送した。その内容は、予告どおり淺沼組の共同企業体が天王寺区庁舎を落札したと非難し、談合の仕組みを説明し、これまで数回にわたり談合を予告してきたのにそのまま受注しており、談合がし放題になっていると非難するものである。
(6) 「建設業正常化談合防止委員会」作成名義の同年四月五日付けの公正取引委員会委員長宛、アメリカ大使館モンデール駐日大使宛、大阪地方検察庁特別捜査部宛の各文書(A一九の一ないし三)と文書配布リスト(A二〇)を淺沼組(淺沼禎夫社長、川田部長)に郵送するとともに、そのうち大阪地検特捜部宛の文書を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と併記して、取引銀行に郵送した。その内容は、淺沼組が受注した六ないし七件の公共工事が談合によるものであると非難し、予告どおりに淺沼組が落札していることは同社が常習的談合会社であることを証明しているとして、公正取引委員会に対して独占禁止法九五条の二の法人代表者に対する罰則の適用、発注当局に対する契約の延期と破棄の指導、談合機関への立入検査を要求し、淺沼組を糾弾するものである。
(四) そこで、淺沼組は、被申立人のこのような度重なる行為に対し、淺沼組代理人弁護士細谷明から、同年四月一二日付け内容証明郵便(A二一)によりこのような違法な行為を直ちに中止するよう通告した。
これに対し、被申立人は、「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人暴力団企業舎弟)に脅迫され、淺沼組への退職届を書かされた善良なる納税者渡辺聖志」の名前で、右淺沼禎夫代理人宛に「淺沼組・淺沼禎夫社長の暴力団組事務所での脅迫(教唆)退職事件と談合事件(独禁法)について」と題する書面(A二三)を送付して返答し、差出人として自分の住所を記載するとともに「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と記載して、右書面を淺沼組の取引金融機関数社に郵送した。その内容は、被申立人自身の退職について申立人淺沼禎夫は脅迫の教唆犯であることは免れないと非難し、淺沼組の談合を発注官庁に指摘しても無視されるので大阪地方検察庁特捜部、公正取引委員会及びモンデール駐日アメリカ大使に通知したとし、自分を名誉毀損で提訴するというならば「淺沼組・淺沼禎夫を脅迫(教唆)退職事件、損害賠償、慰謝料及び会社復帰並びに談合事件による損害賠償それに加えて独禁法違反」で訴える、アメリカの外圧による淺沼組の談合阻止、それに続く公正取引委員会等の行動を期待するなどと述べるものである。
(五) 被申立人は、平成六年四月一三日付けから同年六月八日付けまで、公正取引委員会委員長、同近畿事務所長、大阪市役所(市長、調度課長)、モンデール駐日アメリカ大使、泉大津市(市長、議員)、淺沼組株主等に対し、「建設談合阻止・告発委員会」「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」を標榜するなどして、次のような文書を送付するとともに、その文書を淺沼組(淺沼禎夫社長、B監査役若しくは川田部長)、申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫、同淺沼健一、同大西楢次及び同大西日出雄の各自宅、取引金融機関、電鉄会社、近畿郵政局長、大和郡山市長、自治体の議員、同業者等に郵送した。
(1) 「建設業談合阻止・告発委員会」作成名義の同年四月一三日付けアメリカ大使館モンデール駐日大使宛の文書(A二二)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と併記するなどして、淺沼組(淺沼禎夫社長、川田部長)、取引先金融機関及び申立人淺沼禎夫の自宅に郵送した。その内容は、アメリカ政府のアメリカ軍厚木基地内建設工事の談合について建設業者に損害賠償を求めていることを挙げて外圧による建設談合の解決を要請するとともに、淺沼組が談合常習会社であると指摘し、被申立人自身の退職について、ある社員が淺沼禎夫社長の依頼を受けた暴力団の企業舎弟の脅迫により淺沼組から退職させられたとして、淺沼禎夫が暴力団密着社長であると非難するものでる。
(2) 「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」作成名義の同年四月一三日付けの株主各位・関係者宛の文書(A二四)を取引先金融機関数社等に郵送するとともに、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団企業舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と併記するなどして、金融機関、電鉄会社、淺沼組(淺沼禎夫社長)並びに申立人淺沼禎夫及び同淺沼誠夫の各自宅に郵送した。その内容は、「数々の不法行為の常習犯(脅迫・強要退職・強要出向事件・談合常習事件)淺沼組・淺沼禎夫社長は絶対許せない! 社員を地獄に落として、自分は逃げ回り、不法行為を続ける紳士仮面を付けた暴力団密着型の淺沼社長の暴力団組事務所での脅迫強要(教唆)退職事件、強要出向事件等の責任について」と題し、①淺沼組の談合を非難し、諸官庁への予告・告発、外圧による解決の期待を述べ、泉大津市民病院整備工事についての談合を指摘し、株主として不法行為の常習犯である淺沼禎夫社長の退陣を求める旨述べ、②被申立人自身の退職について、暴力団及び暴力団関係者と密着している淺沼禎夫社長に、暴力団企業舎弟である人物を通じて強迫して淺沼組から退職させられ、暴力団関連会社に入社させられて、安月給で酷使されていると申立人淺沼禎夫を非難するとともに、脅迫による退職であるから本人が希望すれば淺沼組に復帰することができると考えているとしたものである。
(3) 「建設談合阻止・告発委員会」作成名義の同年五月一二日付けアメリカ大使館モンデール駐日大使宛の文書(A二五)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と記載して、申立人大西楢次、同淺沼彰夫、同淺沼健一及び同大西日出雄の各自宅に郵送した。その内容は、談合命令指令図なるものを示し、淺沼組が談合を続け、四件の公共工事について談合により発注することが決まっていると指摘し、淺沼禎夫社長らが談合を止めない限り代表訴訟による裁判も検討しているとするものである。
(4) 「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法な犯罪行為を止めさせる会」作成名義の同年五月一八日付け淺沼組の大株主各位及び関係者各位宛の文書(A二六)を、差出人として「建設談合・阻止告発委員会」と併記するなどして、金融機関、淺沼組(B監査役)並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同淺沼健一及び同大西日出雄の各自宅に郵送した。その内容は、①淺沼組の談合を非難して、談合をやめなければ申立人淺沼禎夫らの不法行為責任を追及する代表訴訟を提起する。淺沼組一族の役員の退陣を要求し、これらに対して談合によって得た利益の発注官庁への返還を請求する、②被申立人自身の退職に関して、淺沼組・淺沼禎夫社長が何よりも問題となり、社長退任も当然だと考えられるのが、暴力団企業舎弟による社員脅迫・退職強要事件であるとし、談合により利益を上げる一方で社員を強迫により暴力団企業舎弟の会社に入社させた申立人淺沼禎夫を社会的に許してはならないと非難するものである。
(5) 「建設談合阻止・告発委員会」作成名義の同年五月一九日付け泉大津市長、市会議員各位宛の文書(A二七)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記するなどして、取引先金融機関、府会議員、府会及び市会議員、電鉄会社、淺沼組(B監査役)並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同大西日出雄、同淺沼健一及び同淺沼彰夫の各自宅に郵送した。その内容は、泉大津市立病院整備工事が入札期日の四七日前の同年五月九日に淺沼組他の建設共同体に決定していると予告し、市長に対して入札させたり契約したりしないよう要請し、「株主訴訟で度重なる不法行為常習犯・淺沼組淺沼禎夫社長の退任裁判を起します。」というものである。
(6) 「建設談合阻止・告発委員会」作成名義の同年五月三〇日付け公正取引委員会委員長宛の文書(A二八の一)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記して、淺沼組(川田部長)、大和郡山市長並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫、同淺沼健一及び同大西日出雄の各自宅に郵送した。その内容は、一七件の工事名を挙げて、淺沼組が官公庁からの発注工事のすべてについて談合していると非難し、公正取引委員会等に公権力の発動を求めるものである。
(7) 「建設談合阻止・告発委員会」作成名義の同年六月一日付け泉大津市長及び市会議員各位宛の文書(A二八の二)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記して、淺沼組(B監査役、川田部長)並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫及び同淺沼健一の各自宅に郵送した。その内容は、泉大津市立病院整備工事の落札が談合により淺沼組他の建設共同企業体に決定したと予告し、泉大津市の幹部が落札予定価格を漏らして談合入札を見逃していると非難し、「淺沼組等の常習談合」を世間に知らせるために談合阻止・告発運動を続けるというものである。
(8) 「建設談合阻止・告発委員会」作成名義の、同年六月八日付け都道府県知事・市長村長、議員及び関係者各位宛の文書(A二九)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記して、淺沼組(B監査役、川田部長)、大和郡山市長並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫、同淺沼彰夫、同淺沼健一及び同大西日出雄の各自宅に郵送した。その内容は、本件贈賄事件のあったことを指摘し、淺沼組が常習的に談合贈賄を行っていると非難し、公正取引委員会や大阪地方検察庁に対する働きかけを一段と強めていくと宣告し、関係者において談合の手助けをしないように要請するものである。
(六) 以上のような被申立人の所為に対し、申立人淺沼禎夫は、平成六年六月三日、被申立人を大阪地方検察庁に告訴し、大阪地方検察庁特捜部は、同月二〇日に被申立人を取り調べたところ、文書等の送付、郵送はいったんは止まった。
しかし、被申立人は、同年一二月九日、淺沼組に対し、従業員であることの地位確認及び六〇〇〇万円の支払を求める訴えを提起し(別件地位確認訴訟)、以後、次のとおり、再び文書の郵送をした。
(1) 「建設談合阻止告発委員会」作成名義の平成七年二月七日付け大阪市長、同市調度課長、公正取引委員会近畿事務所長宛の文書(A三一)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記して、同業者、大和郡山市建設部長、近畿郵政局長並びに申立人淺沼禎夫、同淺沼誠夫及び同大西楢次の各自宅に郵送した。その内容は、大阪市西区庁舎等建設工事が談合によって銭高組他の建設共同企業体が落札すると予告し、淺沼組は大阪市の幹部職員を社員として迎えており、業界の談合証拠書類を入手したので裁判所に提出すると警告し、「裁判をご期待ください」と結ぶものである。
(2) 「建設談合阻止告発委員会」作成名義の平成七年二月二五日付け近畿郵政局長、公正取引委員会近畿事務所長宛文書(A三二)を、差出人として「淺沼組・淺沼禎夫社長の不法行為を止めさせる会」と併記して、同業各社、淺沼組(淺沼禎夫社長、B監査役)及び申立人淺沼禎夫の自宅に郵送した。その内容は、近畿郵政局発注の同年三月一五日入札の生駒郵便局庁舎工事の落札が淺沼組他の共同企業体に決まったと予告するとともに、淺沼組が三〇年以上談合を繰り返している業者であると非難し、公正取引委員会及び地検特捜部が動くまで淺沼組を初めとする大手建設業者への談合阻止告発運動を続けるというものである。
(七) 被申立人は、その間、平成六年五月一九日に、淺沼組の株式を取得した。淺沼組北関東営業所副所長であったAは、埼玉県大宮市発注の下水道工事に絡んで贈賄し(本件贈賄事件)、同年六月五日に逮捕され、右逮捕は翌日に新聞報道された。被申立人は、平成七年六月二日、本件代表訴訟を提起した。
(八) 大阪地方裁判所は、別件地位確認訴訟につき、平成七年一二月二五日、被申立人の請求を棄却する判決(A三九)を言い渡し、被申立人は、控訴した。
2 次に、被申立人が本件代表訴訟を不当な目的を持って提起したかどうかについて検討する。
(一) 右の事実によると、被申立人の淺沼組からの退職及びその後の淺沼組への復職要求と本件代表訴訟の提起が密接に関連することを容易にうかがうことができるところ、被申立人は、本件代表訴訟の本来の目的は、株主として本件贈賄事件を氷山の一角とする淺沼組の談合体質の改善を目指すものであり、別件地位確認訴訟は、被申立人に対する強迫に基づく退職の是非を問い、ゼネコンの体質である暴力団を通じて解決を図ることに対する反省を求めるために提起したものである旨主張する。
(二) しかしながら、被申立人が主張する昭和五五年三月の退職の原因である申立人淺沼禎夫の依頼を受けたLの強迫については、Lの経営する会社への就職、平成四年に出した淺沼組への文書(A一一)中のLに対する人物評、退職時からLの強迫を初めて主張するまでの一三年以上の時間経過等右認定の事実に微すると、被申立人がLらからの強迫により退職の意思表示をしたとは到底認めることはできない。
それにもかかわらず、被申立人は、共和産業における処遇に不満を持ち、一三年以上前の退職を蒸し返して淺沼組に復職を求め、さらには別件地位確認訴訟を提起し、一審において敗訴判決を受けた後も控訴して争っているものである。そして、被申立人からの淺沼組に対して復職を求める文書には、業界の大物に相談するとか、対応を誤って会社に損害がかからないようになどと警告し、自己の復職への協力を要請した建設業界の重鎮には「金額一〇〇〇億円を目標額に掲げ、土木・建築公共工事の談合発注の粉砕・阻止」のための行動を起こすことを告げ、復職のために手段を選ばないことを示唆している。また、被申立人は、淺沼組の内情をよく知っていることを自認しながら、淺沼組を退職してから後には同社を攻撃する文書を送付した形跡はないのに、復職を断られるや淺沼組が談合を常習的に行っている会社であるなどと非難する文書を執拗に送付していること、その内容は、淺沼組の談合についての非難告発のみならず、淺沼禎夫社長のある社員に対する人事権の濫用などと称して、自己の退職が暴力団関係者による強迫によるものであると非難し、作成名義人として架空の団体を名乗り、送付先をみても、関係官庁にとどまらず、関係官庁を宛先と記載している当該文書を宛名以外の淺沼組、同社役員等、金融機関や得意先にも郵送しており、淺沼組への圧力ないし事実上の影響を期待していることが明らかであること、しかも、差出人として、「淺沼組・淺沼禎夫社長(代理人・暴力団舎弟)に暴力団事務所で脅迫され、淺沼組へ退職届を書かされ、騙されて、暴力団関係会社に入社させられ、命を狙われた社員」と併記して、自己の退職をことさらに印象づけていることが指摘でき、右の事実によると、被申立人は、淺沼組から復職を断られるや、同社の談合等を告発するとの姿勢を継続することによって淺沼組に圧力を加え、これを利用することによって自己の復職又はこれに代わる措置を容易にしようとの意図があることを一応認めることができる。
他方、被申立人は、従前において、淺沼組の株式を取得する機会はあったはずであるのに、これを実際に取得したのが、復職を拒否されてから後に右各種攻撃文書を執拗に郵送し、淺沼組代理人から郵送の中止を要求されてから後の平成六年五月一九日であり、その後に、三に述べるとおり、申立人らの忠実義務違背につき具体的に主張することもなく、本件代表訴訟を提起したものである。
(三) 右のような被申立人の行動経緯、意図等前記認定の事実を総合すると、被申立人が本件代表訴訟を提起した目的は、専ら自己の復職に有利な影響を与えようとすることにあると一応認めることができる。
よって、右のような目的をもって代表訴訟を提起することは、株主の監督是正権の正当な行使であるとは到底みることはできず、被申立人は、不当な目的をもって本件代表訴訟を提起したということができる。
三 本件代表訴訟の請求の成否
1 従業員による会社の業務に関連した贈賄行為については、取締役は、贈賄を指示した場合(実行行為者に直接指示した場合だけでなく、間接的に指示した場合を含む。)、又は贈賄を予測すること及びこれを防止することが可能であったのにこれを防止しなかった場合に限り、会社に対する忠実義務に違背し、贈賄によって会社に生じた損害につき損害賠償責任を負うものであるというべきである。
したがって、本件代表訴訟を提起した被申立人としては、請求原因として、申立人らが本件贈賄行為を指示したこと、又は本件贈賄行為を予測することができて防止し得たにもかかわらずこれを防止しなかったことを、具体的に主張する必要がある。後者については、本件贈賄が淺沼組の業務に関連して行われたものであっても、それだけで同社の取締役が本件贈賄を当然に予測、防止することが可能であったということはできず、本件贈賄の具体的内容や経緯・動機や使用された金員の流れだけでなく、同社の過去の贈賄の有無、同社の規模、組織、指揮系統、当該従業員ないし各部署の仕事の内容及び独立性、取締役と当該従業員ないし各部署に対する指導の程度、報告の内容・頻度、当該従業員の行状・性格、同社の取った違法行為防止の施策等の具体的事情から、本件工事に関して当該従業員が担当の公務員に対して贈賄を行うことを取締役において予測することができたことを主張することが必要である。
2 ところが、被申立人は、本件代表訴訟において、申立人らには従業員が贈賄を行わないように監視する義務があるのにこれを怠ったとだけ抽象的に主張し、本件贈賄を申立人らにおいて予測すること及び防止することが可能であったことについての具体的事情を何ら主張していない。したがって、被申立人としては、右の具体的事情について大幅に主張を補充する必要があるというべきである。
また、具体的に贈賄を予測することが可能な事情がないにもかかわらず被申立人の主張する監視義務を認めると、取締役としては密行して行われることが多い贈賄を従業員が行うことのないように個々の従業員の行動を四六時中逐一監視しなければならないことになり、本件贈賄当時の従業員総数が二六五六名であり、大阪本店、東京本店、北海道支店他六支店を有し、各本支店の下にはさらに多数の営業所、主張所などがあり、その組織は大規模かつ多岐にわたっており、日常的な業務は圧倒的多数の従業員によって遂行されていることが一応認められる淺沼組の取締役に対して不可能を強いることになり、被申立人の右主張は到底取ることができない。
3 被申立人は、本件担保提供申立事件において、淺沼組の談合行為を指摘する。しかし、公務員が指名入札方式の指名業者を指定したり、官公庁内部で決めた落札予定価格等を事前に建設業者に漏らすことなどをもって談合に関与することはあり得るとしても、官公庁発注の工事についての談合行為自体は、いずれの建設業者に官公庁発注の工事を受注させるかを複数の建設業者が話し合って調整することであって、公務員が関与するものではないから、直接贈賄行為の予測に結びつくものではない。したがって、仮に淺沼組が本件贈賄事件に係る工事について談合を行っており、申立人らがそれを熟知しているとしても、本件贈賄を予測し得たということはできない。
被申立人は、本件担保提供申立事件において、淺沼組の従業員により行われた過去の贈賄行為を指摘する。しかし、過去において従業員による贈賄行為があったからといって、それがそのまま本件贈賄の予測に結びつくものではないし、淺沼組は、昭和四八年四月に従業員が贈賄罪で逮捕されてから、法律的知識が社内全般に十分に行き渡っていないことに原因があると考えて、再発防止のために、弁護士を講師として営業活動に関する法律知識について社内研修を実施するなどし、違法か否かについて確信のない場合には事前に管理部門や顧問弁護士に相談するように周知徹底するなどの贈賄の防止措置を取っていたことが一応認められるのであって、それ以後本件贈賄事件まで二十年以上逮捕者を出すこともなかったのであり、過去に贈賄事件があったことをもって申立人らにおいて本件贈賄行為が予測可能であったとすることは困難である。
被申立人は、本件担保提供申立事件において、営業所副所長の地位にある者でも従業員が独断で贈賄ができるはずのものではなく、少なくとも担当の取締役の暗黙の了解がなければ実行することはできないとして、申立人後藤孝次、同加茂邦夫において本件贈賄行為の予測が可能であったと主張するようである。しかし、このような指摘は当該職員の仕事の独立性や性格等の裏付けなくしては憶測の域を越えないし、本件贈賄については当該公務員へ直接金員を支払ったのは下請業者であって経理面からも予測することが困難であったことが一応認められ、右の主張は取り得ない。
なお、被申立人は、本件担保提供申立事件において、申立人淺沼禎夫、同大西楢次を含む取締役、従業員の意思伝達等を示して淺沼組の贈賄の構造なるものを指摘する。しかし、それは被申立人が主張するこれまでの贈賄行為について指摘するものにすぎず、本件贈賄行為がどのような系統に従ってどのように指示されたかを主張するものではない。
4 以上のとおりであるから、被申立人は、本件代表訴訟において、申立人らが本件贈賄についての指示、又は本件贈賄を予測すること及び防止することができたことを示す具体的事情を大幅に補充して主張する必要があり、このままでは主張自体失当であるというべきである。
そして、これらの点は、被申立人の主張の内容そのものに関することであるから、右のような事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと推認することができる。したがって、被申立人は、この点からも、悪意をもって本件代表訴訟を提起したということができる。
四 担保の金額
一件記録によれば、申立人らは、本件代表訴訟に応訴するため、代理人らに訴訟代理を委任し、既に着手金等として八七万円余りを支払ったほか、実費を清算すること、本件代表訴訟に勝訴した場合及びこれに準ずる場合に着手金の額を基準として訴訟追行の手数の軽重等を勘案して別途協議により報酬を支払うことを約していることが一応認められる。また、申立人らは、淺沼組の代表取締役ないし取締役であるところ、被申立人の本件代表訴訟の提起により、公私ともに多忙の中を調査や代理人との打合せなどに相当の時間を費やさなければならないほか、社会的信用を傷つけられ、相当の精神的肉体的負担を強いられているものと一応認められる。
右の事実を総合すると、被申立人の提供すべき担保の額は、各申立人に対して一〇〇〇万円と定めるのが相当である。
五 よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官栂村明剛 裁判官金子武志)